bluetrollbible58のブログ

子供の心の事、親の事を中心に書いていこうと思います。

実の父

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突然、父方の祖母から、

「パパが〇〇ちゃん(私)に電話したいって言ってきたのよ。だから〇〇ちゃんの携帯番号をパパに教えたからね。電話かかってくるから、待っておくのよ!」

と言われた。

 

父とはもう10数年音信不通だ。

子供なんてどうでも良いんだろうな。

私はもう年齢的にもとっくの昔に大人になっているのだが、父から一切の連絡がないことで、

「私って、要らない子なんだ。」

といまだに落ち込む事がある。

そんな中、祖母にそんな風に言われて、とても嬉しくなった!

 

どんなに身勝手な親でも、子供は許してしまうし、会いたいと思ってしまう。待ち続けてしまう。 そんな弱い自分が情けないけど...。 ワクワクしながら待ってみた。

 

その日は連絡は来なかった。

 

その次の日も、またその次の日も連絡は来なかった。

 

1週間待っても父から電話はかかってこなかった。

祖母に電話をして聞いてみた。 携帯番号も間違いのないように、もう一度伝えてみた。

 

「パパも忙しいんだろうから、もう少し待ってみてね。パパにも伝えておくからね。」 と言われて、1ヶ月待ってみたけど連絡が来なかった。

 

あれからもう1年ぐらい待ち続けているけど、結局連絡は来ないままだ。

 

こっちが連絡してと言ったわけではないのに、なぜ自ら勝手に約束をして、私に期待を持たせるのか? わざとか?嫌がらせか? 正直、意味が分からない。  

 

 

今年のお正月、祖母のはからいで私の父と一緒に過ごす機会を作ると聞いた。

 

あと約3ヶ月後の事だ。(今年もあと3ヶ月くらいで終わるとは、1年経つのものすごく早いな...)

父は一体お正月に顔を出すのだろうか?

私はその連絡してこなかった件のせいで、父に会いたいという気持ちが薄れてしまった。

お前は要らない子 って、改めて言われたような感覚に陥ってまた勝手に傷ついてしまった。

 

 

祖母は「パパは子供の中で〇〇ちゃんの事を一番可愛がっているのよ!」 と、いつも言ってくれて、それを今までずっと信じていた。

会えなくても、父は子供の事を大切に思ってくれているんだって。

ずっと思ってた。

しかし、それは祖母の単なる思い込み、または私に気をつかって言ってくれているだけのように思える。

 

実のところ、私の父は、私の存在がウザい、消えて欲しいと願っているのではないか?と思う。

何とも残念な家庭に生まれてきたものだ。

 

父にいつか会える事を楽しみに生きてきたが、やはり無責任に子供を捨てた人間と会う価値はないのではないか?と思うようになった。

物事を客観的に見れるようになったからか、そこまでひどく落ち込まなくなったけど、こうやって無意味に考え込んでしまった日は、何もやる気が起きない。ひたすら、悲しい。

昨日はそのせいで夕飯作りも完全に怠ってしまって、サラダしか作らなかった。

野菜を洗って切っただけだ。

あとは買ってきた出来合いのものを食べてしまった。頭も痛い。

 

親の無責任な行動に影響されて、私の昨日の夕飯は不健康なものとなってしまった。 それってものすごく馬鹿らしい気がしてきた。

私の体を守れるのは、私しかいないのに。

あんな親のせいで不健康な生活を送るなんて馬鹿らしい!

 

今日は自分の体のために、どんなに落ち込んでも栄養のある食事をとって、好きなことして楽しく過ごそう!

 


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母親の質

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母は、自分に嫌な事が起きると、私含め、みんなに相談のメールをする。


私も、周りも、その相談内容に真剣に向き合いながらメールを返信する。

 

しかし、毎回返ってくる返事はたったの、

 

「了解!」 のみ。

 

そりゃあ、落ち込んでて、思いやりの言葉なんて書けないかもしれないけど。

 

例え、私がひどい鬱状態になってても、私が誰かに相談に乗って貰ったなら、相手に感謝の気持ちを伝えるよ。

 

それが相談者側にとってのマナーかな。

 

とも思う。

 

相談に乗ってくれた相手に、 「了解」 だけでなく、 「了解、ありがとね。」 という、たった一言の感謝の言葉が言えるか言えないか。

そんな小さな一言があるかないかで人間の本質が見えたりもする。

 

つらい時にこそ、周りに感謝を伝える。

それを積み重ねていくと、いつの間にか不幸な人生から抜け出せたりもする。

 

あぁ、だから母親はいつまでたっても不幸なんだ、愚痴が耐えないんだ、と私は確信した。

 

できれば、縁を切りたい。

でも、結局親子って法律上完全には縁を切れない。 


だからこそ、人が幸せになれる方法、というのを最悪な母親を通して発見していきたいと思う。 


まぁ、本心を言えば、こんな奴と関わりたくねーよ。

早くさっさとあっちの世界へ行けよ。

 と思ってる。 


しかし私自身が幸せになるためにも、これをチャンスと捉えようと思う。 


まぁ、それにはもう少しだけ時間はかかりそうだけどね。 頑張ろうと思う。

 

 

はぁ。何で私は生まれてきたんだろう。


私がこの世に生まれてきたかったです。という証明書すらないのに、「あなたはこの親を選んで生まれてきた」なんて言われても、「はぁ?」と思う。 


「この親の子供として生まれたいです!」という私の宣言書を今すぐ見せてくれたら、私は最後まで責任をもって生き抜こうと思う。

 

あるいは。

もしもこの世界自体が刑務所で、寿命が懲役だったとしたら、、私は責任持って寿命の分だけ生きようと思う。

 

この世界は一体何なんだろう。


そして何より悲しいのは。


 知らぬ間に生まれてきて迷惑してるのに、亡くなる時には痛い、つらい、怖い、苦しい、とか、勘弁してよ神様...……(>_<)

 


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私が親たちを殺さなかった理由③

※今回のブログはあまり良くない表現がありますが、その当時の気持ちをそのまま記録しておきたいと思ったので、同意できる方のみ読んでいただけたら幸いです。

 
 
可愛いものは、可愛い。
悲しい事は、悲しい。
ムカつく時は、ムカつく!
心から、謝る。
心から、好きという。
心から、ありがとうと言う。
 
私は物心つく頃から、それができる環境ではなかった。
 
 
もしかしてこの殺意って何かの感情がねじれた結果の表れなのだろうか?
 
じゃあ、そのねじれを真っ直ぐにしたら、殺意は消えるのではないか?
 
そう思った。
 
 

 

 
 
 
 
 
殺人犯からすると、ヘタレ人間、と思われるかもしれないが。
 
私はあの日、包丁を静かに片付け、自分の部屋に戻って行った。
結局誰一人、傷つける事はしなかった。
 
 
 
月日が経ち、祖父は過去の謝罪もないまま亡くなった。
反省もなく、気づけないまま亡くなる人もいるのだと思った。
他の家族は生きているが、それぞれ自分たちの悪さに気づいていない。
開き直っているようにも見える。
 
成長のない、時が止まったかのような家族だ。
 
 
 
 
 
そして私は35歳の誕生日を迎える事ができた。
 
 
 
今日、年老いた祖母からメールが来た。
 
「元気ですか。暑いですね。庭のお花が咲きましたよ。」
 
と。
 
そして、完全にピンぼけした庭の写メが添付されていた。
 
 
「は?めっちゃピンぼけしてるじゃん(笑)」
 
笑いながら、めんどくさいと思いつつ返信をする。
 
 
 
私がもしあの時、祖母を殺していたら、こんなやりとりも出来なかった。
 
 
そして、こうやって小さな思い出が増えていくたびに、私の心がどんどん幸せになっている事に気づく。
 
 
今では、ネコの事を可愛いと思い、それをストレートに可愛いと言えるようになった。
優しくなでる。優しく話しかける。
 
好きな人に、好きだと、言えるようになった。
 
心から感謝しているという気持ちを、そのまま表現できるようになった。
 
悲しいときや感動したときは、しっかりと涙を流せるようになった。
 
それを家族はバカにしてくるが、私はそれでいいと思っている。
 
 
気持ちのねじれをまっすぐに直していくと、そこにはもう殺意のかけらすら存在しなくなっていた。
 
 

 

 
 
 
命は、神様が持っていくんだ。私にその権利はないし、代理を務めることもできない。
 
 
殺人を思いとどまる事ができた場合、その先にはものすごく小さな幸せが待ってくれている。
ゴミみたいにも見える小さな幸せが、なぜか自分を救ってくれて、人生を変えてくれるのだから不思議だ。
 
もちろん、救いを経験する人生も、救いを経験しない人生も、自分で全て選択可能だ。
 
 
家族や誰かを殺したいと思っている人は、今一度手を止めて考えてみる事も、選択肢の一つかと思う。
 
 
 
 


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私が親たちを殺さなかった理由②

※今回のブログはあまり良くない表現がありますが、その当時の気持ちをそのまま記録しておきたいと思ったので、同意できる方のみ読んでいただけたら幸いです。

 

私は物心つく頃から、
 
悲しいものは、悲しい。
怖いものは、怖い。
楽しい事は、楽しい。
嬉しい事は、嬉しい。
 
そんなストレートな感情を、親たちによってねじ曲げられながら、親たちの都合の良いように育てられていた。
 
例えば、幼稚園の頃に悲しくて泣くと、
 
「泣くとか精神異常がすること!!!」
「あーあ!精神異常になったねぇ。気持ち悪!」
と親たちから怒鳴られた。
 
泣いてしまう私は、精神病なんだ、おかしいんだ、と小さいながら思うようになり、悲しくても笑って、泣くのを我慢するようになった。
 
 
ある時、私が何かに怖がると、親たちは奇妙な笑みを浮かべながらののしってくる。茶化してくる。軽蔑してくる。
 
だから、怖がらないようになった。
 

 

 
小学生の頃になると、可愛いものを見ても、もう率直に「可愛い!」と思えなくなっていた。
 
その頃の私は可愛いものを見て一瞬「可愛い!」と思えたが、すぐにエレベーターが下がるような感覚とめまいがおきて、「ムカつく。消えれば良いのに」という感情が湧き上がり、可愛いという感情を全て飲み込んでいった。
 
私は小学校からの帰りにノラネコを見つけ、ノラネコの体をパンと叩いた。
 
ノラネコは驚いて逃げて行った。
 
 
 
あの時、可愛い気持ちをねじ曲げずに気持ちを出せていたら、ネコを叩かずに、なでていたのだろうなぁ・・・・・・。
 
 
 
 
包丁を片手に、そんな事を考えながら、台所に置いてあった鏡にうつる自分をのぞきこんだ。
 
鏡を見ながら笑顔を作った。
 
 
 
ふと、
 
「誰か。優しい人が、連れ去って幸せにしてくれるかもしれない。
 
そう思った。
 
「今殺して逮捕されたら、きっとそれも実現不可になる。」
 
 
 
 
幸せになる権利を、ここで完全放棄しても良いのだろうか?
 
 
 
鏡を見ながら自問自答を繰り返した。
 
 
 


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私が親たちを殺さなかった理由①

※今回のブログは不快な表現がありますが、その当時の気持ちをそのまま記録しておきたいと思ったので、同意できる方のみ読んでいただけたら幸いです。

 

私は中学の頃に親たちを殺そうと計画をしていた。
 
もしもあの時に実行していたなら、ちょっとニュースになっていただろうと思う。
 
夜中に一人で、何度も、何度も、何度も包丁を振り回してシュミレーションをした。
 
 
その頃の日記に。
 
「「私たちは大丈夫!」と過信して、子供を産む親たち。
理性が抑えられない状況下では、自分を過信してしまいがちなのか?
子供と向き合えないくせに。
産んでみないと分からない、親になってみないと分からない、
では、あまりにもギャンブルで、子供が不幸になる。
恐ろしい。
そんな奴らが普通に年をとって、普通に亡くなっていく事が許せない。
だから、うちの家の親たちに後悔をさせるため、私の手で消してしまおうと思う。・・・・・・・・・」
 
日記に書ききれないほどの理由を、その頃の私は抱え込んでいた。
 

 

 
夜中になり、親たちが眠る1階へ降りていき、台所で包丁をいくつか準備した。
 
 
その包丁の刃を眺めていると、脳がとてもワクワクしてきた。
 
暴力、無関心、支配、暴言の祖母、祖父、母、義父。
 
 
私はこいつらを絶対に許さない。許せない。
 
 
力強く包丁を振り切ると、ブンっと空気が音をたてた。
 
 
「私は、人を殺すために生まれてきたのだろうか?」
 
包丁を持ちながら台所で一人自問自答した。
 
 
 
 
 


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心を落ち着かせる習慣

 家にいる時には常に音楽やテレビの音に囲まれながら生きていた。

無音は不安を煽ってくるからだ。

 

この暑い時期には窓も閉め切って、クーラーばかりを使っている。

外がどのくらい暑いのかも分からない日もあるほどだ。

 

このままで良いのかと疑問に思い、私は日々の暮らしの中で何らかの習慣を作って実践をしてみる事にした。

 

 

 

 

朝になって目が覚めたら、クーラーを切って、カーテンと窓をしっかりと開けて外の空気を取り入れる。

顔を洗って歯磨きをしながら、好きな飲み物を準備する。

リビングに飲み物を置いて、外の静かな音や(まぁ駐車場の出入りで完全に静かとは言えないけど)、鳥のさえずりや最近鳴き始めたセミの音にも耳に傾け、空気の流れを感じようと心がける。

 

空に向かって、

 

「今日も目が覚めました。一日という時間を与えてくださって有難うございます。今日も有意義に時間が使えるかは分からないですが、精一杯自分なりの時間を過ごそうと思います」

 

みたいな事を、手を合わせながら祈る。

 

宗教は知らずに生きてきたが、何だか目に見えない大きな存在に感謝をする事が私には必要だと思った。

 

そして、カーテンごしに入ってくる太陽の光と共に、自分の心と向き合えるような本を読みながら過ごす。

すると、ものすごく速く何かを刻んでいた脳がゆっくりと落ち着いてくるようになった。

 

静寂は怖い、寂しい、退屈。

 

そんな風にずっと思って生きてきたけど、外の音や空気の流れに耳を傾けると、意外にも心はリラックスしてくれているようだ。

 

もう、無音、静寂は怖くなくなってきている。

 

少しずつ、心が変化しているように思えるようになってきた。

 

過去を恨むのも誰かを傷つけるのも仕返しするのも人の自由かもしれないが、脳の使い方によっては幸せになれるチャンスがあるはずなのに、それに気づけないで本能に従ってばかりいるのはもったいないと思う。

 

どうせなら今の自分がどれだけ変われるのかを試して見たいと思う。

 

 

 

 


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大学受験

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私の高校時代の環境は、ものすごく恵まれていたと思う。

 

大きな勉強机に本棚とベッドというシンプルな自分だけの部屋。

そして毎日の食事や掃除洗濯、毎日持たせてくれる手作りのお弁当。

学校から帰ると、私の部屋は全て片付いていてベッドのシーツもパリッと清潔な状態で、今思い返しても受験生の私にとって贅沢な環境だったと思う。

 

全ては、祖母との2人暮らしのおかげである。

祖母が全てお金を出し、家事も完璧にしてくれて、必要な環境は全て与えてくれていた。

 

では、なぜ私は勉強や大学受験をしなかったのか。

 

祖母と暮らす前の毒親の家庭環境の悪さがその根本にあるものの、祖母から与えられた環境、与えられたお金が、子供ながらにとても無機質なものに思えていたからだ。

 

私の幸せを願ってお金を使ってくれているのではなく、祖母が満足したいがためにお金や環境を提供してくれているのだと子供ながらに思っていた。

 

祖母との生活に、心を満たしてくれるような温かみを感じられなかった。

 

そこでもし祖母と意思疎通できていたならまた違ったのだろうけど、祖母は打たれ弱い性格なので、私は祖母には問題提起は一切せず、毎日を淡々と過ごす学校生活だった。

 

無機質な環境に全く感謝をせず、遊んでばかりで勉強を一切せずに高校を卒業してしまった。

 

もしあの頃の私にアドバイスできるとしたら、

 

「無機質な環境、無機質なお金こそ味方につけると自分の幸せに繋がる」

 

とアドバイスすると思う。

 

表面的に温かみのあるものだけが私を幸せにしてくれる。というイメージをずっと持っていた。

 

しかし温かみのない無機質なものを自分の味方につける事によって、無機質なものが結果的に幸せに導いてくれるという事に私は後々気づいてしまった。

 

それを実行してくれたのが、私の兄弟だ。

私の生き方を反面教師にして、今年現役で国立の大学に合格したのだ。

 

 大学が全てではない、学歴が全てではない、と言う人もいる。

確かに、大学を出ていても出ていなくても犯罪する人はする。

 

ただ、私が私自身を許せないのは、高校時代に勉強をせずに、祖母にも感謝せず、表面的に面白いもの、楽しいものだけにとらわれて生きていたという事だ。

 

無機質な環境、無機質なお金、無機質な勉強の内部まで、掘り下げて見てみようと思えなかった事が情けなく思う。

 

本当の幸せは内側に潜んでいるということを、あの頃の私は気づかずに生きていた。

 

今度大学の入学式がある。

私とは違う人生を、私の兄弟たちが歩んでくれることを心から嬉しく思う。

 


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