bluetrollbible58のブログ

子供の心の事、親の事を中心に書いていこうと思います。

見せかけの幸せ

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私の友達は、10代後半から20代前半にかけて薬物依存と暴力に明け暮れる日々を過ごしていました。

 

私は何度も何度もその友達と話しをして、薬物を乱用しない時間のほうが楽しいと思ってもらえるように関わってきました。

 

次第に薬物からは抜け出す事ができたのです。

そこまで依存度が強くなかったせいか、本人の努力の結果なのかは分からないですが今のところ完全に断ち切っています。

 

暴力についても、何か嫌な事が起きるたびに暴力を奮うことについて、本当にその選択肢しかないのか?を話し合いました。

 

暴力についても、様々な選択肢を試した結果、嫌な事が起きた時の対処法を身につける事ができ、暴力を振るわなくなったようです。

 

どんな人間になりたいのか?という事もよく話し合いました。

 

 

友達は、こんな自分が嫌いだとよく言っていましたが、今では自分の事を少しずつ好きになってきているようで、ひとまず安心しています。

 

友達は一体どんな家庭で育ったのだろう?と疑問に思いました。

 

その友達に聞けば、両親と兄弟がいる。普通のマンションに暮らしているということ。

 

ある日友達に誘われたので、その友達の実家へ遊びに行きました。

 

そこには、礼儀正しい笑顔のお母さんと、無口でも笑顔のお父さんがいたのです。

 

私は正直、

 

(何で友達は薬物や暴力をしてたの!?お母さん、お父さん、こんなに良い人なのに!!!)

 

と、友達に対して怒りさえ覚えました。

 

(私がここの家で育ったなら、まともに育ったに違いない!!

綺麗なマンション、手入れされた庭、美味しそうなお菓子とお茶、おしゃれな家具。笑顔のお母さんお父さん。

そんな中で生きていけるだなんて最高ではないか!!!)

 

そう、思いながら出されたお茶をいただいていました。

 

お母さんが終始お話しをされていて、お父さんは全く何も話さない感じでした。

 

お母さんのお話しは、

「私はこうして子供を育ててきたのよ。」

「私は今までこういう事をしながら生きてきたの。」

 

という風に、全ての話しが「私が」という内容のもので、びっくりしました。

 

「あなたは、海外へ行った経験はある?」

 

と聞かれたので、

 

「数日ですが一度だけ行ったことがあります。」

 

と言うと、それを聞いたお母さんはものすごく笑顔になり、

 

「私は3ヵ月間も行っていたのよ!すごいでしょ?あなたより私のほうが長いわね!」

 

と言って、初対面の私の前で優越感に浸っているのです。

 

「私ね、実の父(友達からすると祖父)から暴力を奮われてたの。でもね、今は許せるの。父だって思うところがあって暴力を奮ったってね。私も、子供には1・2回くらい殴ったわね。でも、親にならないと分からないこともあるのよ。あなたも産んでみれば分かるわ!」

 

そんな話しも初対面でされて、私はびっくりしてしまって返答に困りました。

 

祖父→母親→友達

 

と、暴力の連鎖が続いているではないか!

と、悲しくなりました。

 

後々その友達に聞いてみても、

「お母さんはいつも自分の話ししかしない。」

と言っていました。

 

一緒に住んでいるのに、薬物依存にも暴力にも気づかなかったお母さん、お父さん。

 

本当に子供の事を見ながら生きてきたのでしょうか?

 

それから数年が経ち、その友達のお母さんと再会する機会があったのです。

 

友達に誘われて食事会に参加してきました。

 

お母さんが突然、

 

「そうそう、テレビ見た?高〇容疑者のお母様がテレビで謝罪会見しておられたでしょう?自分が産んだ子供が犯罪したって親としては可愛いのよね。分かるわぁ~。」

 

私は、苦笑いしかできませんでした。

 

 

もしも友達の過去の薬物や暴力の事実をお母さんに言ったところで、

「誰かにやらされた」

とか

「この子が暴力を奮わなきゃいけないように仕向けた周りが悪い!」

と逆ギレをされそうだなと思いました。

 

食事会の後、友達がぽつりと

 

「やっぱうちのお母さん、おかしいよね。」

 

そう言って肩を落とし、もうお母さんには会いたくない、本当の意味で離れたいと話しをしていました。

 

その友達とは現在、お母さんと距離を置くにはどうすれば良いかを一緒に模索しています。

友達にとってベストな方法が見つかるともっと幸せに生きれるような気がします。

 

自分中心でお話しをされるお母さんに育てられたせいか、その友達はお母さんに何も言えないでいます。

私の親と似ているところがあると思いました。

 

離れる事は時として幸せの近道になる場合もあるかもしれませんね。

 

親と離れるための現実的な選択肢、家族における幸せの形について今後と模索していきたいと思います。


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いじめの加害者の親

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私は、いじめを受けた経験がある。

それなのに私は友達をいじめそうになった事がある。

加害者になりかけたことがあるのだ。

 

加害者側の家庭にも深刻な問題が潜んでいる可能性がある事を、私が経験した事を踏まえてここに書いてみようと思う。

 

 

 

今の時代の学校がどんな風なのか分からないが、私の子供時代、私の小学校では「生徒名簿」のような冊子が毎年配られるのだった。

 

そこには生徒名、住所、電話番号、そして保護者の下の名前も書いてある。

毎年貰うその冊子には1~6年生の全学年の生徒の情報が記載されていた。

 

ある日同じクラスのお友達に電話しようとその冊子をめくっていると、そのお友達の保護者の名前のところにボールペンだったか鉛筆だったかで「〇」が記されていた。

 

「何でお友達の親の名前に〇がついているの?」

私は謎に思った。

 

パラパラと冊子をめくってみると、他にもところどころ保護者の名前に丸が記されている。

 

よく見ると、「女の名前」にだけ丸がついている事に気づく。

 

お母さんに

「何で名前に丸がついてるの?」

 

と聞くと、

 

「あぁ、それ、母子家庭の人に丸つけてる。普通の人と違うから。母子家庭って分かる?」

 

と鼻で笑い、優越感に浸った表情で話し始めた。

 

「母子家庭の人間とは関わらないようにしなきゃ。だから分かりやすく丸をつけた。」

 

薄気味悪い笑顔をしながら母子家庭について語るお母さん。

 

ここには書けないほどの心ない発言を、お母さんは楽しげに語った。

 

「母子家庭」という言葉は小学生の私にはどんなものか全く想像できなかったが、お母さんからの言葉から連想すると、漠然と良くないもの、そして関わってはいけない人。というイメージがすっかり定着してしまった。

 

私はその日電話しようと思っていた友達には電話をしなかった。

保護者の名前に丸がついていた事で、何となく関わることを躊躇ってしまった。

 

その日から何となくその子と関わる事を隠したい、後ろめたい、そんな気分になった。

 

私はお母さんに好かれるために、お母さんの前では友達と仲良くしていないフリをするようになった。

 

お母さんが母子家庭の子たちの悪口を言う。私がそれに対して、

「そっか、そうなんだね。」

と反応すればとても喜んでくれた。

 

「〇〇ちゃんと今日先生に褒められたんだよ!」

 

と私が言っても、

 

「〇〇ちゃんって母子家庭だよね?」

 

と鼻で笑うお母さん。そしてまた人を馬鹿にする発言をし始める。

 

私はただ、

「〇〇ちゃんも、あなたも偉かったね!」

 

と言ってもらいたかっただけなのに。

 

悪口を言う事に執着し過ぎて、私にさえも褒める言葉を言い忘れてしまったお母さん。

 

私は本当にこんなお母さんに育てられて苦しかったし、離れて暮らしている今でもつらい。

でも、苦しい分、お母さん色に染まらなかったという事だ。そこだけは自分で評価したいところだ。

 

最も危ないのは、お母さんから母子家庭の話しを聞いて、私はそのお友達の事を一瞬嫌いになりかけたという事実だ。

一歩間違えればいじめの加害者になりかけていたと思う。

 

でも、そのお友達は私が落ち込んでいた時に一番に気づいてくれて駆け寄ってきて、私を驚かせてくれたりして笑顔にしてくれた。

お母さんは、私がつらい時も気づきやしない。

今でも大切なのは、お母さんよりもそのお友達であることは間違いない。

 

 

親の発言は子供にとって大きな影響力があると考える。

加害者である子供も悪いけど、子供の親のほうがもっと悪いのではないか?と考えてしまう時がある。

 

子供の目の前でいじめに繋がるようなキーワードを親は何気なく発言してはいないだろうか?

 

私の子供の頃と違って今の時代はインターネットがあるし、小学生でもインターネットを通して悪知恵を得ることなんて簡単にできるが、一番影響力が強いのはやっぱり親の発言や態度だと思う。

 

「親だって未熟だから。」

って、それを言い訳にして好き勝手発言しないでほしいと思う。

 

 

思った事をすぐに発言する癖をやめて、ひと呼吸置いて思いやりのある発言をする癖を少しずつ身につけていけば、いじめは減るのではないだろうか?

 

親たちがまずいじめを無くす意識を持たないと、子供のいじめも無くならないと思う。

いじめに対する道徳の授業は、親も参加して学ぶ必要があると思う。

 

「親はお金を稼ぐ事が大切だからそんな余裕ない」

 

って思う親もいるだろう。

確かにそれも正しいけど、子供の心はお金だけでは育たない。

 

「うちの子供は絶対悪くない!いじめの原因はそちらにもあるのではないですか?」

 

って聞く耳を持たず相手に原因を押しつけるのではなく、何歳になっても学ぶ姿勢、謙虚に成長する姿勢を持ってほしい。

 

子供の心は、今の全てを吸収しながら育っているのだから。


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子供の心と向き合わない親④

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Facebookなんかを見てみると、私をいじめた同級生たちは、結婚して幸せそうだ。

笑顔たっぷりで写真に写っていて良い暮らししてるんだよね。

 

それに比べて私はあきらかに幸せを掴めていない。

 

私もいじめっ子になったほうが、大人になって幸せになれたって事?

友達も多くて楽しい毎日を送れたって事?

 

なんて思ったりもした。

 

優しい性格、譲ってあげるような性格では生き残れない世の中なのかな?

 

 

 

「この腐った世界って一体何なのか?」

そんな事を考えて、今日もきっとあっという間に終わるんだ。

 

世の中、家庭、学校。

 

期待しなければ、つらくないんだろうけど。

どこかで心のあたたかい人間を求めていたり期待してしまっている自分がいる。

 

世の中の全ての人が思いやりの心を持てる世界だったら、どんなに幸せだっただろう。

 

思いやりのある人間がどんどん自分を追い詰めて消えていく今の世の中。

 

私がいくら頑張っても、相手の人間性は変わらないみたいだ。だから私が変わらなきゃ、強くならなきゃって思う。

 

何で傷つけられたほうの私が変わらなきゃいけないの?加害者が変われよ!って思う時もある。

でも、自分が変わることで自己防衛に繋がるような気がしている。


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子供の心と向き合わない親③

f:id:bluetrollbible58:20161123102430j:plain私って何で生まれてきたのかな。

この世界って、懲役刑のようなものなのかな。懲役80年、90年とか決められて産まれてきたんだろうか?

 

こんな事も考えたりした。

 

いつかもし法律が改正されて親と一切の縁を切ることができる法律ができたら、喜ぶ人間は何人いるのだろう。って。

 

一人暮らしをしたり、遠くへ逃げて住んだとしても、今の法律では完全に親と縁を切ることなんて不可能だよね。

離れて暮らす事は「実家暮らしよりマシ」になるだけで、根本は変わらないから私からすると絶望しかない。

 

 

命についても考えることがあった。

よく耳にするけど、

「今日を生きたくても、生きれない人がいる」とか。

「命は、大切にしなきゃいけない」とか。

 

正論なのは分かる。

 

でも、生きてるようで生きていない命もあるし、周りからズタズタに切り裂かれて、かろうじて息をしている命もある。

周りから見ると普通の子供なんだけどね。

 

 

そんな子たちにその二つの正論を言ったところで何の役にも立たないし、そんな事を言う人に限って人を救う選択肢を持ち合わせていない、言いっぱなしの無責任な偽善者という場合が多い。

 

私は大人になって今は一人暮らししてるし、親とすぐには会えない距離に住んでいる。

でも現状は変わらなかったな、私の場合はね。

離れていても見えない鎖が絡まったままだ。本当にがっかりしてる。

 

貧乏金持ち関係なく、子供の心と向き合ってくれない家庭に産まれてくると、本当に悲惨。私みたいに、大人になっても悲惨が続いたりする。

 

そんな私でもとりあえず生き抜くための策を一つだけ持ってる。

 

私が幸せになれる波はそう単純には来ない。

それが来るまでじっと待って、幸せになれる波がどれなのかを自分で冷静に見極める事。

 

その解決策しか私には残らなかった。

 

もちろん、似たもの同士で集まって傷の舐めあいもした。

悲劇のヒロインぶったりもした。

嘘をついたり。

もちろん、自殺するという選択肢もあったし、実際やってみたりもした。

 

 

学校だって、親だって、永遠に続く感覚だからつらい。

どこに助けを求めたら良いか分からない、今つらい思いをしてる子が今もどこかにいることは確かだ。

 

私には、何もできないのだろうか。

何ができるか、考えていきたいと思う。

 


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子供の心と向き合わない親②

f:id:bluetrollbible58:20161123102400j:plain私のお母さんは。

 

私が好きな色も。

私が好きな曲も。

私が好きな本も。

私が好きな芸能人も。

 

何も知らない。

知ろうとしてくれなかった。

いつも自分の話しばかり。

 

唯一興味を示してくれるのは、お母さんにとって興味があるものに対してだけだ。

 

それ以外に関しては、「うるさい!嫌い!」とシャットアウトしてきたり、頭が馬鹿になるから読むな、見るなとか。あるいは本気で冷やかしてきたりね。

 

何も聞かずに「嫌い!」とシャットアウトするのではなく、子供が自ら興味持ったものに関して「それって何?」って、少しでも子供に歩み寄る事ができる親。

そんな人に育てられたかったな。

 

似たような親、きっと世の中にいると思うなぁ。

 

 

 

 

 

女として産まれてきた私。

男の子が欲しかった母。

 

化粧やオシャレに興味を持った中学時代。

女の子としての興味の芽を全力で摘む母。

 

 

生まれてきたくなかったのにと心の中で思う私。

子供を産んだ事に対して優越感に浸る母。

 

とことん対称的だ。

 

 

お母さんに勇気を持って意見を言ってみると、

「子供を産んでないあんたに言われたくない!」

と言いながら発狂して耳を傾けてくれない。

 

子供を産むことはそんなに偉いことか??

子供産んでない人間は発言したらダメなの?

もちろん、子供産めば年金問題が解決するという点では偉いのだろうけど。

 

そんなお母さん、近所や周りにはものすごく評判の良いお母さんで通ってるから、びっくりだ。外ヅラが良いってやつか。


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子供の心と向き合わない親①

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イジメでも何でも学校のせいにする親。

学校の友人関係に口出ししてくる親。

あなたのためだから。と言いながら子供を自分の思い通りに操ろうとする親。

 

つまり、親自身が独断で突っ走って子供の心の声に耳を傾けようとしない親。

 

今日もどこかで、そんな「親」に苦しみながら生きてる子供がたくさんいる。

 

 

「お母さんは何も悪くないから。」

 

そう言って、私は家を飛び出して自殺を図った。

 

 

「お母さんのせいじゃない。」

そう言うしかなかった。

あの母親に逆らえば、ろくなことがないからだ。

 

私が意見を言うと、何十倍もの言葉を並べて私の心をねじ伏せるのが、私のお母さん。

 

疲れるんだよね。正論ばっかで。聞き飽きた。

 

私は常にお母さんには笑顔で対応するように心がけている。

 

「うん、そうだね」

って本心を隠して、お母さんに同意する。

 

本心を隠すこと=嘘つき

ではない。

本心を隠すことは自己防衛の一つだ。

 

 

自殺は失敗。入院先にお母さんと祖母が来た。

お母さんはそんな私を見るなりすぐに

 

「この子の頭がおかしくなった。もうこんな子いらない。」

 

と私の目の前で言い放った。

私の心がどんどん冷たくなっていくのが分かった。

退院後、祖母と暮らすようになった。

 

自業自得でかっこ悪いけど私は自殺の後遺症と共に生きている。

 

 


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子供の心と向き合わない親⑤

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何でも親のせいにはできないけど、物事の本質を見ようとしない親、子供の発言の腰を折る親、短絡的な親が子供を産むと、子供が長い間傷つくことになる。

 

 

「子供を産むのは人間の摂理だから」

「女として産まれてきたからこそ、責任を果たすべき。だから産むんだよ。」

 

これは家族が私に言った言葉だ。

 

きっとその言葉は間違いではないと思う。

でもその発言には心の冷たさを感じた。

 

こんな風に言う人がいたら、どうだろう?

 

「美味しいもの食べて、綺麗な景色を見て感動したり、みんなで泣いたり笑ったりする事がどんなに素晴らしい事かを経験してもらいたくて、子供作るよ」

 

一人でも多くの親がそういう発想を持ってくれたら、幸せな子供が増えるのかな?

  

 


 

命をかけて産んでくれたお母さん。

でも、無条件では愛してくれなかった。

私を可愛がれないお母さんの遺伝子が私の体の約半分を構成しているとは悲しい。。

 

お母さんから受け継いだ私の中の遺伝子が、私を好きになるにはどうしたら良いだろう?

 

 

親にとって、大人しくて「良い子」というのが

一番危ないと思う。

それは親が作り上げた人形に過ぎない。

 

子供をよく見て。本当に笑っているだろうか?

 

「うちの子、黙って何も話してくれない。この子の事が分からない」

 

そうやって発言する親もいる。

 

そのような親は本当に子供の事を分かろうとしているだろうか?

「私の事分かろうとしてないよね。あきらめてるでしょ?」

って、子供に見透かされてはいないだろうか?

 

子供の「人の本質を見極める目」は大人よりも優れている気がする。

 

子供は学校で日々勉強や試験があるけど、親にも子育てにおける試験があれば良いのになんて思ったりする。

 

今日も居場所のない子供たちがどこかで暮らしているのだろう。

 

全ての子供たちが幸せに生きていく事は不可能なのだろうか?
子供が自殺をするニュースを聞くたびに、本当に全ての子供の心を助ける方法はないものかと考える。
全ての子供たちを。っていう発想がそもそも無理な話で、偽善的な発想なのかな?
自分の中でも葛藤している。


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