bluetrollbible58のブログ

子供の心の事、親の事を中心に書いていこうと思います。

適量の幸せ

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心の底から楽しんだ事、今までの人生で一度くらいはあっただろうか。

友達と遊んでいる時も学校にいる時も、頭のどこかで常に母親の事があった。

ヒステリーな母親とその再婚相手と貧乏な生活を送る中で、私ってなぜこんなに運の悪い人生なんだろうと何度も嘆いた。

 

現在は母親と離れて暮らすようになり、自分で生活する分だけのお金を稼ぎ、時間にも気持ちにも余裕が持てる生活ができるようになってきた。(離れていても母親とのつらい関係は断ち切れていないのだけど)

 

親から離れて暮らして生活が向上しているのにも関わらず、私は心から楽しいと思える人生を歩めていない事に気づいた。 そして私の人生は今までもこれから先もずっと退屈で楽しくない人生なのだとまた嘆いた。

 

 そんな退屈な人生の中で私はいつも寝る前にhuluで海外のテレビドラマを観るようになった。 ドラマのおかげ楽しいと思う時間が少しずつ増えてきたように思える。

映画と違ってテレビドラマならストーリーが長く続くので、退屈な人生を歩んでいる私にとっては本当に魅力的だし助かっている。 私の人生の時間を自分の好きなドラマのストーリーで埋め尽くす事ができるのだから。本当に有り難い。

 

私はもう自分の人生を頑張ったりしない。 無理なものは無理なんだと。諦めてひっそりと穏やかに暮らすことも肝心。 全ては自分のためにね。

 

私の人生は基礎的な部分がぶっ壊れているし、努力をして幸せを勝ち取っても結局泥沼に引き戻されること、そこから這い上がるには時間も体力もお金も必要だという事。 だからこそどこかで見切りをつけて方向転換をしたり、前進も後退もせずに立ち止まったままのほうが良い場合もある。

 

自分に課せられた仕事を毎日淡々とこなし、家に帰る。 ベッドに入ってドラマを観る。 今日のドラマも面白かったなぁと思いながら眠る人生で十分幸せなのだと気づいた。

 

持てる幸せの量とその幸せを受け止められる器の大きさは、一人一人決まっているのかもしれない。自分が掴んだ幸せの量が多すぎて心の器からこぼれ落ちていくたびに不幸になるような気がしている。幸せというものは決して自分の心の器からこぼれ落ちるほどの量を掴んではいけないのだと思う。

 

自分が持てる幸せの量を自分自身で見極めて、その幸せの量の範囲内で満足できる人が結果的に幸せになれるのかもしれない。

 

 


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