bluetrollbible58のブログ

子供の心の事、親の事を中心に書いていこうと思います。

私が親たちを殺さなかった理由②

※今回のブログはあまり良くない表現がありますが、その当時の気持ちをそのまま記録しておきたいと思ったので、同意できる方のみ読んでいただけたら幸いです。

 

私は物心つく頃から、
 
悲しいものは、悲しい。
怖いものは、怖い。
楽しい事は、楽しい。
嬉しい事は、嬉しい。
 
そんなストレートな感情を、親たちによってねじ曲げられながら、親たちの都合の良いように育てられていた。
 
例えば、幼稚園の頃に悲しくて泣くと、
 
「泣くとか精神異常がすること!!!」
「あーあ!精神異常になったねぇ。気持ち悪!」
と親たちから怒鳴られた。
 
泣いてしまう私は、精神病なんだ、おかしいんだ、と小さいながら思うようになり、悲しくても笑って、泣くのを我慢するようになった。
 
 
ある時、私が何かに怖がると、親たちは奇妙な笑みを浮かべながらののしってくる。茶化してくる。軽蔑してくる。
 
だから、怖がらないようになった。
 

 

 
小学生の頃になると、可愛いものを見ても、もう率直に「可愛い!」と思えなくなっていた。
 
その頃の私は可愛いものを見て一瞬「可愛い!」と思えたが、すぐにエレベーターが下がるような感覚とめまいがおきて、「ムカつく。消えれば良いのに」という感情が湧き上がり、可愛いという感情を全て飲み込んでいった。
 
私は小学校からの帰りにノラネコを見つけ、ノラネコの体をパンと叩いた。
 
ノラネコは驚いて逃げて行った。
 
 
 
あの時、可愛い気持ちをねじ曲げずに気持ちを出せていたら、ネコを叩かずに、なでていたのだろうなぁ・・・・・・。
 
 
 
 
包丁を片手に、そんな事を考えながら、台所に置いてあった鏡にうつる自分をのぞきこんだ。
 
鏡を見ながら笑顔を作った。
 
 
 
ふと、
 
「誰か。優しい人が、連れ去って幸せにしてくれるかもしれない。
 
そう思った。
 
「今殺して逮捕されたら、きっとそれも実現不可になる。」
 
 
 
 
幸せになる権利を、ここで完全放棄しても良いのだろうか?
 
 
 
鏡を見ながら自問自答を繰り返した。
 
 
 


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