bluetrollbible58のブログ

子供の心の事、親の事を中心に書いていこうと思います。

ようやく

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私の祖父が亡くなった。

身内はみんな祖父の生前に散々祖父の悪口を言ったりないがしろにしてきたのに、いざ祖父が死ぬと祖父を神様のように崇めたてて嘆き悲しんでいる。
遺された者たちの脳内の都合の良さに笑える。


さて。。
私の祖父は教員という肩書きを持った異常者だった。

幼い子供だった私に、散々な虐待を繰り返した。

母親に助けを求めても、

「それ、私も子供の頃にされてたから。私だってつらかった。おばあちゃんが傷つくから、絶対に黙ってなきゃ駄目よ。」

という風に言われて育ってきた。


私はこれ以上異常な遺伝子を増やしたいとは思わない。子供は絶対に作らない。

まぁ、遺伝子が全てではないのだろうけど、身内を観察すると代々異常さが伝わっている事がよく分かる。

私が子供を産まない選択をしたことに、先祖たちはあの世で一安心していることだろう。

 

 

 

私は、死に際の祖父にも会わなかった。
通夜にも葬式にも行かなかった。
事情を知らない身内からはめちゃくちゃ非難されたけど、良いんだ。


祖父が亡くなったという知らせを受けて、私は涙が溢れた。

祖父が死んで寂しいとか悲しいとかという涙ではなく、こいつは何の為に生まれてきて死んでいったのだろうという虚しさからの涙だった。

くだらないことをして生きて、くだらない人間のまま亡くなるのって実にあっけない事なのだと思った。


ここで死刑制度について私の考えを述べたいと思う。

私は、祖父が亡くなるまでは、死刑制度は完全に反対だった。

「生きて償え!!!
死んでしまったら悲しみや恨みをぶつける先が無くなる!!」

そう思っていたからだ。


しかし、いなくなったほうが被害者や被害者の家族の心が楽になる場合もある。と、祖父の死によって実感できた。

もちろん、命の尊さという面においては、死刑制度は反対。

誰かが誰かの命の期限を決めること自体おかしいしね。

何事も表裏一体だと思う。生と死も表裏一体。

生まれてくる日にちや正確な時間を前もって誰かが勝手に決める事はできない。
だから誰かが誰かの命を勝手に終わらせる事もしてはいけないのだと思う。

だから、そういう面では死刑制度は反対だし、殺人もしたら駄目だと思う。

祖父の死をきっかけに、今後も引き続き死刑制度について考えていきたいと思っている。

 

 

 

私の祖父や身内が教員だから、はたから見れば私は公務員のごく普通の幸せな家で育っていると周りに思われていたのかもしれない。

教員の家庭だから、まさか虐待なんてありえないだろうとでも周りに思われていたのかもしれない。


最近起きた事件の、慶応の大学生が父親を刺した事件もそう。
綺麗なマンションに住み、私立大学へ進学し、裕福な家庭だったようにも見える。


事件の背景は分からないが(子供が悪いのか、親が毒親だったのか、など)、特に裕福だったり、世間が羨ましがる職業の親と暮らしている子供の闇というのは、はたから見ると本当に分かりづらい。

親友ですら気づかなかったり、本人からのSOSの言動や行動を周りが見逃してしまいがちになる。

 

 


思想の偏りかもしれないけど、神様みたいな存在っていると最近思う。

 

時間はかかったけど、祖父みたいな人間の命は私が消さなくても、神様があの世へ持って行ってくれるということが分かった。

単なる寿命でしょ、って感じはするけど・・・神様が命を持って行ってくれたんだって思った方が私は幸せに感じる。

 

それを踏まえて考えると、もしも慶応大生の父親が毒親だった場合、本来ならばその慶応大生が手をくだす必要はなかったのだと思う。
時間はかかっても神様が父親を連れて行ってくれたはずと思う。


神様は腐った性格の人間をあの世へさっさと連れて行ってくれたら良いんだけど、、私の場合は虐待~祖父の死まで20年かかった。

きっと神様は私に忍耐力をつけさせようとして、それで祖父を長い間生かしたのかなぁなんて思った。

そして、忍耐力がついた私に、神様は細く長く続く幸せな時間を与えてくださった。と思えるようになった。あくまで想像でしかないけど。


前のブログのどこかに書いたかもしれないけど、カッとなって親や周りを消してしまいたくなる時もあると思うし、私も10代の頃に事件を起こしそうになった事もある。

 

だけど、思いとどまって良かったと思える時が必ず来るから、今はめちゃくちゃつらいけど道具や消そうとする気持ちを一旦手放す努力をしてみてほしい。

 

宗教心なんて私には1ミリも無かったけど、ここ最近は何らかの見えない存在を少しだけでも信じてみても悪くない気がしてきた。

 

 


祖父が亡くなってから数週間が経過した。


私の心は日に日に軽く、明るくなってきている。

最近毎日空を眺めては綺麗だなって思いながら過ごしている。
10年前の私だったら、空を見て幸せに思うような事はなかっただろう。

空が綺麗って・・・それがどうした?って感じはするけど、心に余裕が生まれてきたことの表れなのかなと思ったりする。


親や周りの事で今も苦しんでいる子供たちが沢山いると思う。

 

神様は時間をかけて順番にみんなを助けてくれているのだと思う。
もう少し待ってみても悪くないのかもしれない。

 

 

読んでいただきありがとうございます。


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